ハイキューの1期を見直していてふと「慣れって残酷だなぁ」って思っちゃったのでつらつらと。
初めてハイキューのアニメを見た時
もう動きに大感動!
はぁ! 今の! 今の動き!
今のカット!
今のスパイク!
今のサーブ!
ってな感じで、バレーの動きが凄くカッコよく描かれていて、とてもとても感動しました。
なのになのに。
先日4期まで見終えた段階で、ふと1期を見返してみたら。
そんなに感動しなくなっているんですよね。
初見じゃないからっていうのもありますが、たぶん、ハイキューアニメの動きに慣れちゃったから。
1期を見終えて、2期3期4期と続けて見るうちにその「感動した動き」があたり前になっちゃって、
「あれ、ここのカットめっちゃ感動した覚えあるけど、こんなだったか」ってなっちゃったんです。
新海誠監督の『秒速5センチメートル』
これも公開当時くらいに見て、絵の綺麗さに、もう驚愕は驚愕。
大げさだけど、歴史が変わったと思ったわよ。
これは、これはアニメなの?!
人の手で描かれているの?!(アニメ制作に詳しくないので、CGなども使われていたかもわかりませんが)
それが動いているの?!
と。
が、こちらも、
続く『言の葉の庭』でも、雨粒の描写に綺麗綺麗と大感動し、
『君の名は。』でもすべての背景に感動し、
を経て最近見返したところ、
「あれっ……こんなだったっけ」と。
2007年当時見たあの感動は確かに本物だったはずなのに。
あれから何十年、詳しくないからよくわからないけれど、きっと描写技術とか精度とか(あるいは「ここまで作り込むものだ」という基準)もたくさん発展したのでしょう。
新海誠作品以外にもたくさんの「感動する綺麗な絵のアニメ」を見てしまい、「綺麗な絵のアニメ」があたり前になってしまったんだなぁ……と。
「こんなだったっけ」と感じてしまう自分が、とても寂しい。。
現実世界でも塗り替えられていく「最頂点」
オリンピックだの何かの競技とかもそう。
100m何秒で走りました!! っていう世界新記録が出たとしても、その何年後かには塗り替えられて。その記録を出すために途方もない努力があったはずなのに。
栄養とか筋肉研究とかは発達してきたかもしれないけど、人体なんてそうそう進化しないはずなのに。
人類の最速記録がどんどん更新される。
他には、フィギュアスケートだってきっと、初めて誰かが4回転飛んだ時世界は沸いただろうに、今は飛べることが普通になって。
次は5回転なんだろうけど、物理学的にそれは人体で可能なの?
「人類はどこまでも高みを目指せるんだ!」
ってアスリートならば闘志を燃やすところなのでしょうけど、
自堕落一般人な私は、「どこまで求めればいいのかな」ってちょっとバキバキに心折れちゃう。
そうしていつしか、5回転ジャンプを飛べる人が出てくるようになった時、4回転ジャンプは観客からすると「あたり前」になっちゃうんだろうなぁと。人体が氷上で4回転飛ぶっていう難しさは変わらないはずなのに。
そんな感じで、人の慣れって残酷っていうか、昔すごかったものがいつしかあたり前になっちゃうのって、あれだよね、な日記でした。